
Fuyuki Shibata
柴田 冬樹
CEO / IATSS(先端技術社会科学研究所)
知性を、社会実装へ。専門職とAIの未来を切り拓く、柴田冬樹の経営と思考
Grand Focusは、各年のグランプリを受賞された人物を通常プロフィールより深堀りする特集枠です。本ページでは、事業の背景、組織づくり、意思決定の過程まで踏み込んで紹介します。
- Year
- 2023
- Role
- CEO
- Industry
- AI・研究開発支援
- Tags
- 先端技術社会科学共同研究
Profile Summary
Profile
AI、ブロックチェーン(分散型台帳技術)、インターネット黎明期のWebサービス。社会が大きく変わる局面には、必ず新しい技術があり、その技術を現実の仕事や制度へ接続する人がいる。
柴田冬樹氏が取り組むのは、単なる技術活用ではない。税務、会計、法務、経営、投資、行動経済学、組織論、AIといった複数の知を横断しながら、専門職が担ってきた高度な判断をAIで補佐し、人間がより本質的な価値提供に集中できる社会をつくろうとしている。
IQ160の頭脳で高校~MBAまで首席や次席、書いた論文は賞を取り賞金獲得。さらに、学生時代にはWebサービスやネット広告関連のビジネスを試行錯誤し、テニスでは慶應大学在学時に、ダンロップの契約選手としても活動した。
一方で、大学卒業後は事業が思うように進まず、経済的にも精神的にも余裕のない時期を経験したという。重度の不眠症を経験したり、1円単位で支出を気にするような時期を経て、限られた資源をどこに投下すべきかという感覚は、今の経営判断にも深く残っている。
学び、思考、身体を使い、実践し、失敗し、また構造を捉え直す。柴田氏の歩みには、机上の知性にとどまらない、実務家としての総合的な力が見える。
しかし、本人が語るのは能力の誇示ではない。「何を学び、何を捨て、どこに時間を投下するか」。そして、「自分の能力を何のために使うのか」。
複数の法人を経営しながらも、拡大そのものを目的としない。事業の性質に応じてリスクを分散し、資源を集中させ、最終的には自分がいなくても回る組織をつくる。自動化された組織の先に生まれる「思考する時間」こそが、柴田氏の関わるすべての事業の価値の源泉だという。
Company Focus
IATSS(先端技術社会科学研究所)は、変化の早い時代に生まれる先端技術を、専門職の判断や制度運用へ接続するための研究・実装プロジェクトとして構想されている。柴田氏が見ているのは、技術そのものの新しさではなく、それが仕事、制度、人間の判断にどのような変化をもたらすかである。
現在の中心にあるのは、人工知能、つまりAIを活用したサービスである。税務、会計、法務、経営といった知的専門職の領域では、制度理解、情報整理、説明責任が同時に求められる。IATSSが扱うのは、その前段階にある調査、論点整理、リスク確認を支え、専門家が本来向き合うべき判断に集中しやすくする仕組みである。
AI以前にも、柴田氏はブロックチェーン(分散型台帳技術)やインターネット黎明期のWebサービスに強い関心を寄せてきた。共通しているのは、新しい技術を流行として追うのではなく、それが社会構造や人間の行動をどう変えるかを見ようとする姿勢である。
Business Focus
IATSSが現在注力するのは、知的専門職の高度な判断を補佐するAIの開発である。単なる文章生成や検索補助ではなく、専門家が扱う複雑な論点を整理し、判断の前提を確認しやすくすることに焦点を置いている。
一例として、税理士が税務判断を行う際に、関係する法令、通達、裁判例、裁決例などを踏まえ、リスクを洗い出し、法的三段論法に沿って主張を整理し、複数の税目にまたがる論点を横断的に確認することを補佐するAIがある。
従来、専門家が何日もかけて法令や通達を確認し、論点を拾い、リスクを検討していた作業がある。もちろん最終的な判断は専門家が行うべきだが、その前段階の調査や論点整理については、AIによって効率化できる余地がある。
柴田氏が重視するのは、AIを専門家の代替として扱わないことだ。AIは主役ではなく、道具である。専門家の判断を置き換えるのではなく、専門家がより良い判断をするための補助線として設計する。その線引きが、IATSSの事業構想の核にある。
Leadership Note
柴田氏が理想とする組織は、経営者本人が常に介在しなくても回る状態である。それは経営者が不要になるという意味ではなく、経営者の役割をより高次のものへ移すための設計だ。
現場の細かな判断や日常業務のすべてに柴田氏が関与しなければならない状態では、組織としてはまだ未成熟である。その状態では、経営者の時間だけでなく、社員の成長機会や事業の拡張性も制限されてしまう。
そのため、柴田氏は業務の標準化、判断基準の明確化、権限移譲を重視する。適切な人が適切な判断をできる状態をつくることは、単なる管理効率の問題ではなく、組織が自律的に価値を生み出すための前提になる。
組織が自律的に回るほど、柴田氏には新しい事業、既存事業の構造、技術や制度の変化について考える時間が生まれる。その「思考する時間」こそが、柴田氏の関わる事業の価値を生み出す重要な経営資源になっている。
Interview
Q&A
Question 01
IATSSの事業構想
インタビュアー
まずは、IATSSで取り組まれている事業の全体像から教えてください。
柴田
私が一貫して取り組んでいるのは、変化の早い時代を分析し、先端技術を用いて新たな価値を創造し、社会を一歩前へ進めることです。現在であれば、中心にあるのは人工知能、つまりAIを活用したサービスです。
インタビュアー
AIを活用したサービスというと幅広いですが、どのような問題意識から見ているのでしょうか?
柴田
問題意識としては、AIそのものを目的にしているわけではありません。AIを使って、専門家がより創造的で、より本質的な仕事に集中できる環境をつくることに関心があります。
少し前であれば分散型台帳技術、さらに遡ればインターネット黎明期のWebサービスにも強い関心を持っていました。振り返ると、いつも社会構造を変える可能性のある技術に惹かれてきたのだと思います。
インタビュアー
現在のAI事業について、もう少し具体的に伺えますか?
柴田
現在は、知的専門職の高度な判断を補佐するAIの開発に取り組んでいます。一例を挙げると、税理士が税務判断を行う際に、関係する法令、通達、裁判例、裁決例などを踏まえ、リスクを洗い出したり、法的三段論法に沿って主張を整理したり、複数の税目にまたがる論点を横断的に確認したりすることを補佐するAIです。
インタビュアー
そうしたAIは、実務の中ではどのあたりを支えるものなのでしょうか?
柴田
従来、専門家が何日もかけて法令や通達を確認し、論点を拾い、リスクを検討していた作業があります。もちろん最終的な判断は専門家が行うべきですが、その前段階の調査や論点整理については、AIによって大幅に効率化できる余地があります。
適切に設計されたAIを使えば、専門家は単なる検索や確認作業に使っていた時間を減らし、より高度で、より責任ある判断に集中できるようになります。
インタビュアー
その支援によって、専門家の仕事はどのように変わるのでしょうか?
柴田
効率化という言葉だけで説明すると、少し狭く聞こえるかもしれません。本質的には、専門家が本来時間を使うべき仕事に集中できるようにすることです。
例えば税務であれば、条文や通達を探すこと自体が価値なのではなく、それらを踏まえて、目の前の納税者や企業にとってどのような選択肢があり、どこにリスクがあり、どのように説明責任を果たすべきかを判断することに価値があります。
AIが一次的な調査や論点抽出を支援できれば、専門家はより深い検討、顧客との対話、将来リスクの設計、事業全体を見た助言に時間を使えるようになります。その意味で、AIは専門職の価値を下げるものではなく、むしろ専門職がより専門職らしくあるための基盤になり得ると思っています。
インタビュアー
専門家とAIの役割分担については、どのように考えていますか?
柴田
私が重要だと思っているのは、AIを「人間の代替」として扱わないことです。AIは主役ではなく、道具です。専門家の判断を置き換えるものではなく、専門家がより良い判断をするための補助線であるべきだと考えています。
これは税理士に限った話ではありません。弁護士、会計士、医師、研究者、経営者など、多くの知的専門職において、AIは人間の専門性を拡張する道具になり得ると考えています。

Question 02
複数法人を分ける理由
インタビュアー
柴田さんは、このAI事業だけでなく、複数の会社を経営されていると伺っています。どのようにグループ経営をなさっているのでしょうか?
柴田
複数の法人を経営していますが、単に事業を広げたいから法人を増やしているわけではありません。
私の中では、法人を分けることには明確な意味があります。それは、事業の性質に応じたリスク分散と、資源の集中です。
たとえば、会計の実務、税務研究、技術開発、投資、Webコンテンツ制作では、それぞれ必要な人材、契約、リスク、収益モデル、意思決定の速度が異なります。
それらを一つの器にすべて入れてしまうと、管理は一見シンプルに見えても、実際にはリスクの所在や責任範囲が曖昧になりやすい。
一方で、事業の性質に応じて法人を分けることで、リスクを遮断し、資金や人材の投入先を明確にし、意思決定の速度を上げることができます。
もちろん、法人が増えれば管理コストも増えます。ですから、むやみに増やすべきではありません。
重要なのは、法人を増やすことではなく、どの事業をどの器で行うのが最も合理的かを考えることです。
グループ化して冗長に拡大しているというより、事業ごとの特性に合わせて、リスクと資源配分を設計しているという感覚に近いです。
Question 03
自律する組織づくり
インタビュアー
組織づくりについては、どのような状態を理想とされていますか?
柴田
理想は、自分がいなくても回る状態をつくることです。これは、経営者が不要になるという意味ではありません。むしろ、経営者の役割をより高次のものにするために必要なことだと思っています。
インタビュアー
その状態をつくるために、何を整えていく必要があるのでしょうか?
柴田
現場の細かな判断や日常業務のすべてに私が関与しなければならない状態だと、組織としてはまだ未成熟です。その状態では、私の時間も、社員の成長機会も、事業の拡張性も制限されてしまいます。
ですから、業務を標準化し、判断基準を明確にし、権限移譲を進め、適切な人が適切な判断をできる状態をつくる。それが経営者として非常に重要な仕事だと思っています。
インタビュアー
その状態ができると、柴田さん自身の時間の使い方も変わるのでしょうか?
柴田
自分がいなくても回る状態をつくると、自分の時間が空きます。その時間で、私はまた考えることができます。新しい事業について考える。既存事業の構造を見直す。社会の変化を読む。技術がどこへ向かうかを考える。人間の行動や制度の変化を観察する。
少し大げさに聞こえるかもしれませんが、私の関わる事業において、『思考する時間』は非常に重要な経営資源です。私が現場作業に追われ続けてしまうと、新しい価値を生むための思考が止まってしまう。
逆に、組織が自律的に回る状態をつくることができれば、私はより長期的で、構造的で、創造的な問いに時間を使うことができます。その意味で、私の『思考する時間』こそが、事業価値の源泉の一つだと考えています。
インタビュアー
そうした自律的な組織を考えるうえで、参考にしている考え方はありますか?
柴田
一つ参考になるものとして、ブロックチェーン関係の概念で、DAOというものがあります。Decentralized Autonomous Organization、つまり分散型自律組織です。特定の中心的な管理者がいなくても、あらかじめ定められたルールや参加者の合意によって動く組織のことです。
インタビュアー
会社経営で考えると、DAOの考え方はどのように扱うのが現実的なのでしょうか?
柴田
もちろん、通常の会社経営においては、リーダーや責任者は必要です。ですから、DAOをそのまま会社に持ち込めばよいという話ではありません。
ただ、『特定の一人に依存しすぎない組織』『ルールと仕組みによって自律的に動く組織』という考え方は、非常に示唆的です。
経営者の仕事は、いつまでも自分がすべてを判断することではありません。自分が直接判断しなくても、組織が正しく判断できる状態をつくることです。その意味では、テクノロジーの世界で生まれた概念が、組織づくりを考えるうえでも参考になることがあります。

Question 04
多領域を事業判断へつなぐ視点
インタビュアー
事業の話を伺っていると、技術だけでなく、法務、税務、会計、金融、組織論まで、かなり横断的に考えられていますね。
柴田
そうですね。
もちろん、一つの分野を深く掘ることも大切です。ただ、私の場合は、複数の分野を横断して構造を捉えることに強い関心があります。
ある程度、何か一つの分野で専門性を得ると、その分野で見えてきた構造を抽象化し、別の分野で具体化して考えられるようになります。その作業を繰り返していくと、自然と横断的な視野になります。
税務の問題に見えても、実際には会社法、会計、ファイナンス、労務、契約、行動経済学、組織設計が関係していることがあります。AIの問題に見えても、実際には知的財産、個人情報、専門職倫理、説明責任、教育、認知科学が関係していることがあります。
現実の問題は、学問分野ごとにきれいに分かれていません。
だからこそ、実務家であるほど、横断的な視点が必要だと思っています。
もちろん、すべての分野について私が高度な専門性を有しているわけではありません。それぞれの専門家に対する敬意は必要です。聞きかじった知識だけで専門家ぶってしまうことは、非常に危険だとも思っています。
ただ、異なる専門領域の言葉を理解し、それらをつなぎ、実務上の判断に落とし込む力は、経営者にとって非常に重要だと思っています。
インタビュアー
正直に申し上げると、実務家でありながら、ここまで幅広く、しかも一定の深度を持って知識を横断できる方は多くない印象です。
柴田
ありがとうございます。ただ、私自身は、幅広く学ぼうと思って学んできたというより、必要に迫られて学んできた感覚が強いです。
投資をすれば、会計やファイナンスが必要になる。会社を経営すれば、税務、法務、労務、組織論が必要になる。AIを扱えば、技術だけでなく、倫理、規制、専門職責任、情報管理が必要になる。人を育てようとすれば、教育や心理、認知の問題に向き合うことになる。
一つの問題を真剣に解こうとすると、自然と複数の分野に足を踏み入れることになります。
私にとって知識は、飾りではなく道具です。知っていること自体に価値があるというより、現実の問題を解くために使えることに価値があります。
あとは性格の問題もあると思います。すぐにそれぞれの分野の専門家に任せるのも、一つの正しい方法です。ただ、私は自分でも知りたい。確認したい。構造を理解したい。そういう知的好奇心がかなり強いのだと思います。
また、何でも専門家に依頼すればコストもかかります。特に学生時代のように金銭的な制約がある時期には、自分で学ぶ方が合理的な場面も多い。そうやって必要に迫られて学び続けてきた結果、複数の分野をつなげて考えることが自然になったのだと思います。
Question 05
独学を実務の判断力に変える
インタビュアー
こうした知識は、どこで学ばれているのでしょうか。学校や講座で体系的に学ぶことが多いのですか?
柴田
もちろん、大学やMBAで体系的に学んだことも大きいです。ただ、基本的には、ほとんどのことを独学で学んできたと思います。
私の場合、まず自分で全体像をざっと把握します。本を読む、資料を読む、実際に手を動かす、関連する情報を横断して見る。そのうえで、どうしても分からない部分や、実務上の勘所が必要な部分だけ、詳しい方に質問する。
この方法が、自分には一番合っています。
最初から誰かの授業や講座を受けると、もちろん丁寧ではあります。ただ、自分がすでに分かっていること、少し調べれば分かることにも時間を使うことになります。そうすると、進みが遅くなってしまうことがある。
自分でざっと学び、分からない部分だけ専門家に聞く。その方が、私にとっては効率がよいのです。
もちろん、これは万人にとって最適な学び方という意味ではありません。基礎から順番に教わる方が向いている人もいますし、体系的な講座だからこそ得られるものもあります。
ただ、私自身は、まず自分で構造をつかみにいく。そして、足りない部分だけピンポイントで補う。そういう学び方をしてきました。
この学び方は、事業にも近いです。まず全体の構造を掴む。どこが重要かを見極める。分からない部分を特定する。必要なところにだけ資源を投下する。
学習も、経営も、投資も、かなり似ているところがあると思っています。
Question 06
専門知識を経営の言葉に変える
インタビュアー
編集注を入れたくなるような専門用語が、会話の中に自然に出てきますね。
柴田
そうかもしれません(笑)。
でも、専門用語は使い方を間違えると、相手を置き去りにしてしまいます。
本来、専門用語は難しく見せるためのものではなく、複雑な現象を正確に扱うための道具です。
たとえば、単に『青色の絵の具を取ってください』と言うより、『群青色の絵の具を取ってください』と言った方が、相手がその言葉を知っていれば無駄なく正確に伝わります。逆に、青系の絵の具が何本もある場面で『青色』とだけ言えば、かえって不正確になります。
専門用語もそれと同じです。知っている人同士であれば、複雑な現象を短く、正確に共有できます。
たとえば、会計学でいう機会損失や埋没費用。行動経済学でいうプロスペクト理論。心理学や教育工学でいう認知負荷。経営学でいうコア・コンピタンスやコンピテンシー・トラップ。組織論でいう経路依存性や現状維持バイアス。経済学でいう情報の非対称性やエージェンシー問題。そして、現在価値や時間割引の考え方。
こうした概念は、一見すると別々の学問分野の言葉です。しかし実務の現場では、これらが複雑に絡み合っています。
こうした概念を知っていると、現実の問題をかなり整理しやすくなります。
人がなぜ損切りできないのか。組織がなぜ変われないのか。専門家がなぜ過去の成功体験に縛られるのか。経営者がなぜ短期利益と長期投資の間で揺れるのか。
それぞれ別々の問題に見えても、背後には意思決定、認知、組織、インセンティブ、時間軸の構造があります。
言葉を知ることで、現象が見えるようになる。現象が見えるようになることで、判断できるようになる。
その意味で、専門知識は、現実を正確に見るためのレンズだと思っています。
Question 07
先端技術を事業へ向けた原点
インタビュアー
この事業を始めたきっかけについて教えてください。
柴田
もともと、先端技術や時代の先にあるものが好きでした。
新しい技術や新しい概念に触れると、それだけで未来を感じられるというか、脳が強く刺激される感覚があります。とてもワクワクするんです。
ただ、単に新しいものが好きというだけではなく、技術が社会に実装され、人々の行動や仕事の仕方が変わっていく過程に強い関心がありました。
自分も、ただ受け取る側ではなく、新しい価値を生み出す側に行きたい。社会を少しでも前に進める側にいたい。そういう気持ちは、かなり早い段階からありました。
ただ、これは少し格好よく言い過ぎているかもしれません。
もっと素直に言えば、好きなことを突き詰めていたら、自然とこういう仕事になっていた、という感覚に近いです。
Question 08
事業観の土台になった慶應義塾の思想
インタビュアー
昔から、そうした新しい領域に関心があったのですか?
柴田
はい。記憶を遡ると、昔からそういう傾向はあったと思います。
ただ、自分の中で明確な転機として思い浮かぶのは、慶應義塾大学に進学したことです。
高校生のときに、慶應義塾の校風や建学の精神に触れて、非常に強く惹かれました。『ここに行きたい』と思って、そこから集中的に受験勉強をしました。
入学後も、期待していた通り、世界が大きく広がりました。価値観も広がりましたし、自分の中にあった問題意識に、言葉や思想が与えられた感覚がありました。
インタビュアー
慶應義塾といえば、やはり『独立自尊』でしょうか?
柴田
そうですね。
独立自尊を基礎に、実学を通じて社会に資する力を養う。そして、半学半教、社中協力、多事争論の精神のもとで他者と学び合いながら、自我作古の気概をもって新しい領域を切り拓く。
少し四字熟語が多くなりましたが、端的に言うと、そうした精神に強く影響を受けました。
私が先端技術や社会実装を自然と意識しているのは、こうした考え方が身についたからかもしれません。
あるいは、もともとそういう気質の人間が、自分に合う学び舎を見つけただけなのかもしれません。
いずれにしても、慶應で学んだことは、今の仕事の根底にかなり深く残っています。
Question 09
学びを事業に変える原点
インタビュアー
学生時代の柴田さんは、どのような方だったのでしょうか?
柴田
模範的な学生だったかと聞かれると、少し違うかもしれません。
ただ、振り返って思うのは、周囲の方々に恵まれていたということです。たくさんの出会った方々のご厚意や刺激があって、今の自分があります。
私は学生時代から、自分の関心があることにはかなり深く入り込むタイプでした。
大学の授業で経済や会計を学ぶ一方で、自分でもWebサービスや事業のアイデアを試していました。また、株式投資にも強く関心を持っていましたし、テニスにもかなり打ち込んでいました。
ですから、学生時代を一言で説明するのは難しいです。学問、投資、事業、スポーツが、それぞれ別々に存在していたというより、自分の中では全部つながっていました。
何かを学ぶ。実際にやってみる。失敗する。なぜうまくいかなかったかを考える。また別の方法を試す。
そういうことを、分野をまたいで繰り返していた時期だったと思います。
Question 10
初期Webサービスで学んだ顧客と収益
インタビュアー
学生時代からWebサービスを始めていたのですか?
柴田
はい。当時はインターネットの可能性が今よりもずっと粗削りに見えていた時代で、だからこそ面白さがありました。
いわゆるネット広告関係のビジネスにも関心がありましたし、当時流行していたオープンなSNSの仕組みを、企業向けにクローズドなSNSとして提供できないかと考えたこともあります。
たとえば、企業が顧客を囲い込むための会員制コミュニティのようなものです。今でいえば、オンラインコミュニティ、ファンマーケティング、CRM、ロイヤルティプログラムに近い発想かもしれません。
当時は、現在ほどSaaSやコミュニティマーケティングの概念が一般化していませんでした。それでも、企業が一方的に広告を出すだけではなく、顧客と継続的な関係を持つ場をつくることには可能性があると感じていました。
もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。むしろ、試行錯誤の連続でした。
技術的にできることと、実際に顧客が欲しがるものは違います。面白そうなアイデアでも、収益化できるとは限りません。ユーザーを集めること、継続して使ってもらうこと、お金を払ってもらうことは、それぞれまったく別の難しさがあります。
学生時代にそういう経験をしたことは、今の事業にもつながっています。
Question 11
Web経験からAI事業への接続
インタビュアー
その頃の経験が、今の先端技術への関心にもつながっているのですね。
柴田
かなりつながっていると思います。
インターネット黎明期の面白さは、誰も正解を知らないところにありました。技術も未成熟で、ビジネスモデルも定まっていない。でも、何か大きく変わりそうな予感だけはある。
今のAIにも、少し似た感覚があります。
もちろん、技術の成熟度も社会への影響範囲も違います。ただ、新しい技術が出てきたときに、それを単なる流行として見るのではなく、社会構造や人間の行動をどう変えるかという視点で見ることは、学生時代から変わっていないと思います。
Webサービスを試行錯誤していた頃に学んだのは、技術だけでは足りないということです。
技術、顧客、収益構造、運用、タイミング、信頼、継続性。これらが噛み合わないと、事業にはなりません。
今、AI事業を考えるときにも、そこは強く意識しています。AIがすごいから使うのではなく、誰のどの問題をどう解決するのか。実務の中で継続的に使われる仕組みにできるのか。そこまで落とし込んで初めて、社会実装だと思っています。
Question 12
競技経験が鍛えた意思決定
インタビュアー
一方で、テニスにもかなり打ち込まれていたと伺っています。
柴田
そうですね。20歳くらいでテニスはやめて、それから10年以上運動すらしていない不健康体ですが、テニスは当時の私にとってかなり大きな存在でした。
慶應時代には、学内のテニストーナメントで3位に入ったことがあります。もちろん、組み合わせや当日の調子など、運に恵まれた部分も大きかったと思います。
ただ、テニスを通じて学んだことは多いです。
試合では、自分の状態、相手の特徴、流れ、体力、メンタル、リスクを瞬時に判断しなければなりません。どこで攻めるのか。どこで守るのか。どのポイントでリスクを取るのか。相手が何を嫌がっているのか。自分が焦っていないか。
こうした判断は、単なる運動能力だけではなく、非常に知的な作業でもあります。
その後、ありがたいことにダンロップの契約選手として活動させていただいた時期もあります。競技として真剣にテニスに向き合う中で、準備、継続、身体管理、勝負どころでの集中力、負けた後の修正力を学びました。
よく「勉強ばかりしてきた人」と誤解されがちなのですが、学生の頃の私はどちらかというとスポーツに精を出してきた人間ですね。いわゆる勉強は自分の中での必要最小限の時間投入しかしていなかったと思います。
人間は頭だけでできているわけではありません。身体を使うこと、緊張の中で判断すること、結果を受け止めて次に向かうこと。そうした経験も、今の自分をつくっていると思います。
Question 13
試合感覚を経営判断へつなぐ
インタビュアー
知的な面だけでなく、競技経験も今の経営に影響しているのですね。
柴田
かなり影響していると思います。
経営も、試合に近いところがあります。
事前に準備をしても、実際に始まれば想定外のことが起こります。相手がいる。環境が変わる。自分の調子も一定ではない。それでも、その場で観察し、判断し、修正しなければならない。
また、テニスでは、自分の弱点が非常に明確に出ます。言い訳をしても、スコアは変わりません。
これは事業にも似ています。市場や顧客の反応は、かなり正直です。どれだけ自分が良いと思っていても、実際に使われなければ意味がありません。
テニスを通じて、自分を客観視すること、負けを受け入れて修正すること、短期の結果に一喜一憂しすぎず、長期的に改善を続けることを学びました。
そういう意味では、テニスも私にとって重要な学びの場だったと思います。
Question 14
実資金で学んだ市場と会計
インタビュアー
投資についても、かなり早くから取り組まれていたのですね。
柴田
はい。中学生くらいから強い関心があって、母親に株の本をねだったりしたのですが、母親に知識がなくいきなり投資信託の本を買ってこられました(笑)
そこからは、何でも自分でやることに決めました。
大学に入ったら、中高時代に関心を持ったもの、全部やるぞって思っていましたね。
慶應では返済不要の奨学金を頂戴していたのですが、それを『経済の勉強』と考えて株式投資に回しました。
当時は自分だけで証券口座を作れる年齢ではなかったので、親に頼んで証券口座を作ってもらいました。自分で調べ、実際に口座を動かしながら覚えていく方が早いと思っていました。
今振り返ると、かなり大胆だったと思います。
ただ、当時の自分としては、教科書で学ぶだけではなく、実際に市場に参加することでしか得られない学びがあると考えていました。
もちろん、未熟な判断もたくさんありました。ですが、実際に自分のお金を投じ、価格が動き、損益が出る経験をしたことで、経済や会計、心理、意思決定への関心は一気に深まりました。
この経験は、後の意思決定や事業判断にもかなり影響しています。
インタビュアー
奨学金を投資に回すというのは、かなり思い切った判断ですね。
柴田
今ならもう少し慎重に考えたかもしれません。ただ、当時から一貫していたのは、学びを実践につなげたいという感覚でした。
知識は、使って初めて自分のものになると思っています。
株式投資を通じて、会計情報の読み方、企業価値の考え方、市場心理、自分自身の感情の揺れを学びました。
特に、自分がどのような場面で冷静さを失うのか、どのような局面で判断を誤りやすいのかを知ることができたのは大きかったです。
この『自分自身を観察する』という経験は、後の合理的判断にもつながっています。
Question 15
限られた資源を成果へ変える集中
インタビュアー
返済不要の奨学金を得られたということは、高校時代の成績もよかったのですか?
柴田
高校時代は、平均評定が上限値だったと思います。
ただ、自分では、いわゆる正統派の優等生だったという感覚はあまりありません。
どちらかというと、自分で必要だと思ったことに集中し、結果を出すための方法を考える要領の良いタイプでした。
定期試験であれば、どこを押さえればよいのか、どの順番で学べば短期間で成果が出るのかを考えていました。受験勉強も同じです。慶應受験を決めてから、本格的に集中して勉強しはじめたので、時間的猶予はあまりありませんでした。
それでも結果を出せたのは、自分の得意不得意を比較的冷静に把握し、限られた時間をどこに投下するかを決めることができたからだと思います。
才能というより、自己分析と集中の問題だったのかもしれません。
Question 16
短期集中をプロジェクト管理として見る
インタビュアー
大学受験の勉強期間は、かなり短かったのですか?
柴田
本格的に集中したのは、半年程度だったと思います。
ただ、それは努力していないという意味ではありません。
短期間で結果を出すには、むしろ相当高い密度で勉強する必要があります。短期間かもしれませんが、その短期間においては他の誰にも負けない質と量を投入していた自信があります。
何をやらないかを決め、何を優先するかを決め、日々の進捗を見ながら軌道修正していく。そういう意味では、受験勉強も一つのプロジェクト管理だったと思います。
時間を長くかけること自体に価値があるわけではありません。
大切なのは、目的に対して必要な努力を、適切な順序と密度で積み上げることだと思っています。
インタビュアー
短期間で結果を出した話が多いので、ともすると努力せずにできたようにも聞こえてしまいます。
柴田
それは誤解されやすいところかもしれません。短期間で成果を出すためには、相応の密度が必要です。
長く机に向かうことだけが努力ではありません。何を理解すべきかを見極め、必要な順番で学び、できない部分を潰し、結果が出るまで集中することも努力です。
私は、努力を美談として語るより、努力が成果につながるように設計することが大切だと思っています。
ただし、どれだけ合理的に努力しても、最後は粘り強さが必要です。
試験でも、事業でも、研究でも、競技でも、途中で必ずうまくいかない時期があります。そのときに、自分の仮説を見直し、もう一度組み立て直す力が問われます。
そういう意味では、私は努力をしてこなかったというより、努力の配分や方法をかなり意識してきたのだと思います。
Question 17
会計士試験を事業判断の知識体系にする
インタビュアー
その後、公認会計士試験も受験されて、しかも満点だったとか。
柴田
短答式試験については、たしか満点だったと思います。
勉強期間は3か月程度だったと思います。
ただ、これも資格を取ってその仕事に就きたいというより、自分でビジネスをしたり、投資をしたりする上で、会計や監査、企業法、租税法の知識が体系的に必要だと考えたことがきっかけでした。
会計士試験の勉強範囲は、企業を見る上で非常によくできています。会計、監査、会社法、財務、租税など、経営や投資に必要な知識がかなり体系的に整理されています。
それらを自分の事業や投資に使うための知識体系として、非常に効率的だと思い学びました。
Question 18
資格より機会損失を見た意思決定
インタビュアー
資格取得そのものを目的にしていたわけではなかったのですね。
柴田
そうですね。
もちろん、公認会計士という資格や監査制度の社会的意義は非常に大きいと思っています。資本市場の信頼を支える重要な制度ですし、社会に不可欠な専門職です。
ただ、私自身の人生設計や事業構想に照らしたとき、資格者としてのキャリアに進むことが最適解だとは考えていませんでした。
当時の私は、自分に必要な知識量には到達したと判断した段階で、次に進むことを選びました。論文式試験についても一日受けずに科目合格でしたが、それは自分の中での優先順位を考えた結果です。
この判断は、多くの人から見ると少し変わっているかもしれません。
ただ、私にとっては、限られた人生の時間、それも重要性の高い若年期の時間をどこに投下するかという、非常に重要な意思決定でした。
インタビュアー
多くの人にとっては、そこまで来たら最後まで資格を取り切りたいと思いそうです。
柴田
そうですね。その感覚もよくわかります。ただ、私は当時から、機会損失と埋没費用をかなり意識していました。
ある選択肢に時間を投じ続けることで、別の選択肢から得られたはずの価値を失ってしまうことがあります。さらに、すでに時間や労力を投じてしまったからこそ、合理的には撤退すべき場面でも撤退できなくなることがあります。
これは投資でも、事業でも、キャリアでも起こります。
特に資格については、資格を取ってしまうこと自体が、その後の人生に一種の心理的制約を与える可能性があるとも感じていました。
せっかく難しい資格を取ったのだから、それを使わないともったいない。その資格に関係する仕事をしないともったいない。ここまで時間をかけたのだから、その延長線上でキャリアを考えなければならない。
そういう心理は、とても自然なものだと思います。ただ、私自身は、その心理に自分の人生の選択肢を狭められることを避けたかったんです。
株式投資をしていると、自分がいかに感情に左右されるかを思い知らされます。損失を認めたくない。もう少し待てば戻るのではないか。せっかくここまで調べたのだから。そういう心理が判断を歪めることがある。
その経験から、資格取得についても、自分が同じ心理状態に入らないように意識していました。
資格を取ること自体が悪いわけではありません。むしろ、多くの方にとっては非常に意味のある努力だと思います。
ただ、私にとっては、資格そのものを手に入れることよりも、そこで得た知識を使って、より自由に、より大きな価値を生み出せる領域へ進むことの方が重要でした。
Question 19
多方面の経験を事業判断へつなぐ
インタビュアー
学生時代からWebサービス、投資、テニス、会計士試験と、かなり多方面に取り組まれていたのですね。
柴田
そうですね。
今振り返ると、かなりいろいろなことに手を出していたと思います。ただ、自分の中では、それぞれが別々のものという感覚はあまりありませんでした。
Webサービスを考えれば、顧客や広告、収益構造を考える必要があります。投資をすれば、企業価値や会計、マーケット心理を考える必要があります。テニスをすれば、戦略、身体、メンタル、相手との駆け引きを考える必要があります。会計士試験の勉強をすれば、会計、監査、会社法、財務、租税といった企業を見るための知識体系に触れることになります。
どれも、結局は『構造を見て、仮説を立て、実行し、結果を受け止め、修正する』という点では共通しています。
この頃から、学んだことを実際に使ってみたいという感覚は強かったと思います。
Question 20
資金繰りと顧客価値を身体で学ぶ
インタビュアー
大学を卒業してからは、順調だったのでしょうか?
柴田
いえ、まったく順調ではありませんでした。
学生時代からWebサービスや事業のアイデアは試していましたが、卒業後は、それが単なる挑戦や実験ではなく、自分の生活や将来そのものに直結するものになりました。
同じように事業をしていても、学生時代と卒業後では、失敗したときの重みがまったく違います。
アイデアがあっても、売上になるとは限りません。技術的にできても、顧客が欲しがるとは限りません。顧客が興味を持ってくれても、お金を払ってくれるとは限りません。お金を払ってもらえても、それが継続するとは限りません。
今なら当たり前のこととして整理できますが、当時は一つ一つがかなり重く感じられました。
経済的にも余裕はありませんでした。本当に1円単位で支出を気にしていた時期もあります。
何を買うか。どこまで節約できるか。今日使った数百円があとで響くのではないか。そういうことを常に考えていました。
この時期の感覚は、今でもかなり残っています。
今でも私は支出にはかなりシビアです。ただ、それは単にお金を使わないという意味ではありません。
必要な投資にはお金を使います。一方で、費用対効果が説明できない支出や、惰性で続いている支出にはかなり厳しいです。
限られた資源をどこに投下するか。それが将来の価値につながるのか。その支出は、本当に必要なのか。そういう感覚は、卒業後に余裕のない時期を過ごしたからこそ、かなり強く身についたのだと思います。
精神的にも、まったく余裕がなかったと思います。
将来への不安もありましたし、周囲と比べて自分は何をしているのだろうと感じることもありました。自分で選んだ道ではあるのですが、だからこそ弱音を吐きづらいところもありました。
ただ、振り返ると、その時期に学んだことは非常に大きかったです。
お金がないと、資金繰りの意味が身体で分かります。売上が立たないと、顧客価値の意味が分かります。自分の思い通りにいかないと、市場や他者は自分の都合では動かないということが分かります。
学生時代に会計士試験の勉強を通じて得た会計、監査、会社法、財務、租税の知識も、卒業後に事業で苦労する中で、あとから非常に大きな意味を持つようになりました。
経営を本や授業で学ぶことも大切ですが、生活の切迫感の中で学ぶ経営は、また別の重さがあります。
人は、お金がなくて時間はあると、哲学しだすということも学びました(笑)
インタビュアー
その苦労が、今の経営観にもつながっているのですね。
柴田
かなりつながっています。私が効率化や自動化に強く関心を持つのも、単に新しい技術が好きだからというだけではありません。
時間が足りない。お金が足りない。人手が足りない。それでも前に進めなければならない。そういう状況を経験すると、限られた資源をどう使うかに非常に敏感になります。
また、事業がうまくいかない時期を経験すると、『努力しているかどうか』と『価値が届いているかどうか』は別の問題だと分かります。
自分では頑張っている。良いものをつくっているつもりでいる。でも、相手に価値が届いていなければ、事業にはなりません。
これは厳しいですが、非常に重要な現実です。
だからこそ今は、事業を見るときに、理念だけでも、技術だけでも、努力量だけでも判断しないようにしています。
誰のどの問題を解決しているのか。その価値は相手に伝わっているのか。継続的に使われる仕組みになっているのか。収益構造として無理がないのか。組織として再現可能なのか。そういったことを、かなり現実的に見るようになりました。
インタビュアー
非常に合理的ですね。一方で、合理性だけで判断しているようにも見えません。そこに好奇心や情熱もありますよね。
柴田
そうかもしれません。
合理性という言葉は、冷たく聞こえることがありますが、私の中では少し違います。
自分の時間や能力を、より価値のあることに使いたい。そのために、選択肢を冷静に見極めたいという感覚です。
その根底には、好奇心と、生物としての寿命という時間制約があります。
新しいものを見たい。まだ誰も形にしていないものを形にしたい。複雑な問題を構造化したい。社会にとって意味のある仕組みをつくりたい。でも、人生の時間は短い。
そういう気持ちが先にあって、その実現のために合理的に考える、という順番に近いです。
Question 21
MBAで経営を体系化する
インタビュアー
MBAでは首席で修了され、論文も賞を受賞して賞金も獲得されたと伺っています。
柴田
ありがたいことに、MBAでは成績面でも評価していただき、論文についても賞をいただきました。
MBAでの学びは、自分にとって非常に大きかったです。
それまで私は、会計や投資、事業をかなり実務的に見ていました。MBAでは、それらを経営戦略、組織、マーケティング、ファイナンス、社会との関係といった、より大きな枠組みで捉え直すことができました。
また、社会人として学び直す場だったので、単に知識を得るだけではなく、実務経験のある教員の方々と議論できたことも大きな財産でした。
自分の考えを言語化し、他者の視点に晒し、何度も検証する。その過程で、事業を見る解像度がかなり上がったと思います。
議論やディスカッションの場がMBAコースだと考えていたので、とにかく徹底して議論を楽しみました。
実はMBAコースでも、慶應の名誉教授の方から、ほとんどマンツーマンに近いようなゼミで指導をしていただきました。高度に知的な対話をしていただいたり、社会学や倫理学の視点から経営へ落とし込んだ議論に参加できたりしたことは、今の事業経営や人生の指針の重要な一つになっています。
インタビュアー
首席という結果については、ご自身ではどう受け止めていますか?
柴田
通常であれば、首席が卒業式で答辞を読むと思います。私にも答辞についての打診はいただいたのですが、当時は都合が合わず、辞退しました。
評価していただいたことは、素直にありがたいと思っています。ただ、私自身は、順位そのものよりも、自分が納得できる密度で学べたことの方が大きいです。
その意味でも、首席であったかどうかは重要ではなく、MBAでどれだけ密度高く学べたかの方が、自分にとっては重要でした。
確か取得単位数も、規定の3倍くらい履修していて学年トップだったと思います。ここで吸収できるものはすべて吸収しようと思っていたからです。
もちろん、そのためには時間の使い方も工夫する必要がありました。ノート、情報処理、資料取得などは、プログラムで自動化したり、分担して最適化したりすることで時間を捻出しました。
同期は不思議そうにしている人もいましたね。どうしてそんなに時間効率をあげられるのかと(笑)。日常のあらゆる行動を効率化していたので、同時にいくつものことをこなすことができました。聞かれた人には方法論もすべてお伝えしていました。
MBAコースにいるときも実は3つくらいの事業を同時並行していたので中々大変ではありましたが、ゲーム感覚で楽しんでいました。
若い頃は、効率をかなり重視していました。今も効率は大事だと思っていますが、それだけでは不十分だとも感じています。
学びには、時間をかけて他者と向き合うことでしか得られないものがあります。節目や儀礼、共同体の中での役割にも意味がある。若い頃には十分に理解できていなかった部分も、今は大切だと感じています。
MBAでの学びは、自分の合理性に、社会性や組織性を加えてくれた経験だったと思います。
Question 22
知的能力を事業課題へ向ける
インタビュアー
柴田さんについては、知的能力の高さを示すエピソードが多いですね。IQも高そうです。
柴田
実は、大学卒業後に何もかもうまくいかない時期に重度の不眠症になりました。体重も40kg台まで落ちていたと思います。それでさすがにこのままではまずそうだと思い、病院にいった際に、医師からついでだからいろいろと検査しましょうと言われ、知能検査もしました。
その時のWAIS検査で、高い水準の数値が出たことはあります。IQでいうと160相当と評価されたこともあります。
ただ、こういう数字は扱いが難しいと思っています。
数値だけが独り歩きすると、あまり良い伝わり方をしないこともありますし、知能が高いこと自体に価値があるわけでもありません。
大切なのは、それを何に使うかです。
情報を速く処理できる。複雑な構造を把握できる。複数の論点を同時に整理できる。そうした特性があるとすれば、それは社会に価値を返すために使うべきものだと思っています。
自分の能力を誇示したいというより、複雑な問題をわかりやすくし、人がより良い判断をできるようにする。そのための道具として、自分の特性を使いたいという感覚です。
Question 23
複雑な判断をAI事業へ接続する
インタビュアー
今のお話は、AI事業にもつながりますね。複雑なものを構造化し、専門家の判断を助けるという点で。
柴田
まさにそうだと思います。
私自身、複雑な情報を整理し、論点を分解し、判断可能な形にすることに強い関心があります。
税務上の論点もそうですし、経営判断もそうです。表面上は一つの問題に見えても、実際には法務、税務、会計、ファイナンス、組織、人間心理など、複数の要素が絡み合っています。
AIは、こうした複雑な情報の整理に非常に向いています。
ただし、AIに丸投げしてよいわけではありません。AIは誤ることもありますし、文脈を取り違えることもあります。
だからこそ、専門家が監督し、最終判断を行う設計が重要です。
私がつくりたいのは、専門家がAIに置き換えられる世界ではありません。専門家がAIを使いこなし、より高い価値を提供できる世界です。
Question 24
技術変化を事業構造で見る
インタビュアー
先見性という点でも、早い段階からAIや先端技術に注目されていた印象があります。
柴田
新しい技術を見るときには、単に流行しているかどうかではなく、それが社会のどの構造を変えるのかを見るようにしています。
インターネットは情報流通の構造を変えました。分散型台帳技術は、信用や記録のあり方を問い直しました。AIは、知的労働の前提を大きく変えつつあります。
重要なのは、技術そのものよりも、それによって人間の行動や産業構造がどう変わるかです。
AIについても、単に文章を生成できる、画像をつくれるという話では終わらないと思っています。知識労働の分業構造、専門職の価値、教育、経営、行政、司法、医療など、非常に広い範囲に影響します。
その変化をただ眺めるのではなく、実務に耐える形で実装していくことに意味があると考えています。
Question 25
構想を実務に耐える設計へ変える
インタビュアー
単にアイデアを語るだけではなく、実装にこだわっているのですね。
柴田
はい。
私は、構想だけで終わるものにはあまり関心がありません。
どれだけ大きな理想を語っても、実際に使われなければ社会は変わりません。
特にAIは、見せ方だけなら派手なものをつくることができます。しかし、専門職が実務で使うとなると、求められる水準はまったく違います。
根拠を確認できること。誤りが生じたときに検証できること。判断の前提が明示されていること。守秘義務や情報管理に配慮していること。最終判断者である専門家の責任を曖昧にしないこと。
こうした実務上の要件を満たして初めて、本当に使えるAIになります。
私は、先端技術を扱うからこそ、むしろ地に足のついた実装が重要だと思っています。
Question 26
論理と人間味
インタビュアー
お話を伺っていると、非常に論理的でありながら、どこか人間味もありますね。
柴田
ありがとうございます。
論理的に考えることは好きですが、人間は論理だけで動くわけではありません。
投資をしていても、経営をしていても、勉強をしていても、競技をしていても、自分自身がいかに感情に影響されるかを何度も経験してきました。
だからこそ、論理で感情を否定するのではなく、感情も含めて人間を理解したいと思っています。
私が本当に関心を持っているのは、人間がより良く判断し、より良く働き、より良く生きるために、技術をどう使うかです。
その意味では、テクノロジーの話をしているようで、実は人間の話をしているのかもしれません。
Question 27
合理性から誠実な経営判断へ
インタビュアー
若い頃から、かなり独自の判断軸を持っていたのですね。
柴田
そうかもしれません。
ただ、それが常に正しかったわけではありません。
若い頃は、効率や合理性を重視しすぎていた部分が多々あります。今振り返ると、もう少し丁寧に人と向き合うべきだった場面もあったと思います。
その反省も含めて、今は、合理性と誠実さの両方を大切にしたいと考えています。
速く考えること、正しく考えることは重要です。
でも、それを相手にとって受け取りやすい形で伝えること、周囲と協力しながら実現することも同じくらい重要です。
そこは、今も学び続けているところです。
Question 28
教育と人材育成
インタビュアー
教育や人材育成については、どのように考えていますか?
柴田
とても重要なテーマだと思っています。
AIの時代には、単に知識を持っているだけでは不十分になるかもしれません。
一方で、基礎的な知識や思考力の重要性が下がるわけでもありません。むしろ、AIを使いこなすには、自分の中に判断の軸が必要です。
何が正しいのか。どこに違和感があるのか。どの前提が抜けているのか。どの根拠を確認すべきなのか。
そうした問いを立てる力は、基礎学力、読解力、論理力、そして人との対話の中で育つものだと思います。
家庭でも、結果だけを見るのではなく、どう考えたか、なぜそう思ったか、次にどう工夫するかを大切にしたいと考えています。
礼儀や感謝、他者への敬意も同じくらい大切です。
どれだけ能力があっても、それを自分のためだけに使うのではなく、周囲や社会のために使える人でなければ、本当の意味で価値は生まれないと思っています。
Question 29
誠実さと他者への敬意
インタビュアー
知性だけでなく、人としての土台も大切にされているのですね。
柴田
そうですね。
若い頃は、能力や効率をかなり重視していました。もちろん、それらは今でも重要です。
ただ、年齢を重ね、経営をし、人と関わる中で、さまざまな価値観に触れ、能力だけでは不十分だと感じるようになりました。
人は一人では何もできません。
事業も、研究も、家庭も、教育も、競技も、必ず他者との関係の中にあります。
だからこそ、誠実であること、約束を守ること、相手の立場を想像すること、感謝を忘れないことは、非常に大切だと思っています。
AIのような先端技術を扱う時代だからこそ、むしろ人間としての基本が問われるのではないでしょうか。
Question 30
これからの事業展開
インタビュアー
今後、事業をどのように展開していきたいですか?
柴田
まずは、専門職の判断を支援するAIを、実務に耐える水準まで磨き込んでいきたいです。
税務領域では、法令、通達、裁判例、裁決例、実務慣行を踏まえた判断が求められます。ここは非常に複雑であり、AIの活用余地が大きい一方で、慎重さも必要です。
だからこそ、単なるチャットツールではなく、専門家が安心して使える判断補助システムとして設計していきたいと考えています。
その先には、他の専門職領域への展開もあります。
法務、会計、経営、医療、教育、行政など、社会には高度な判断を必要とする領域が数多くあります。AIがその判断を支えることで、人間はより創造的で、より責任ある役割に集中できるようになるはずです。
私が目指しているのは、人間がAIに使われる社会ではありません。
人間がAIを使いこなし、人間らしい価値をより大きく発揮できる社会です。
インタビュアー
複数の事業を経営する中で、今後さらに広げていきたいという思いはありますか?
柴田
広げること自体を目的にはしていません。
事業は、広げればよいというものではありません。むしろ、無秩序に広げると、資源が分散し、判断が遅くなり、組織の質が落ちることがあります。
私が重視しているのは、どの領域に自分たちが本当に価値を出せるのかを見極めることです。
経営学の言葉でいえば、コア・コンピタンスに近い考え方かもしれません。
私の場合は、複雑な制度や技術を読み解き、それを実務に耐える形に落とし込み、事業として成立させることに強みがあると思っています。
だから、今後も広げるとすれば、その強みが活きる領域です。
逆に、単に売上が立ちそうだから、流行っているからという理由だけで手を出すことは避けたいです。
事業を増やすよりも、意味のある事業をつくる。そして、それが自律的に回る組織に育つようにする。その方が、長期的には社会にも組織にも良いと考えています。
Question 31
未来への仮説と資源配分
インタビュアー
最後に、柴田さんにとって、経営とは何でしょうか?
柴田
経営とは、未来に対する仮説を立て、限られた資源を配分し、社会に価値を返していく行為だと思っています。
未来は不確実です。必ず正解があるわけではありません。
だからこそ、情報を集め、構造を捉え、複数の選択肢を比較し、リスクを引き受けながら判断する必要があります。
その意味で、経営は非常に知的な営みであると同時に、非常に人間的な営みでもあります。
数字だけでは動きません。理念だけでも続きません。技術だけでも足りません。
論理、情熱、誠実さ、実行力。そのすべてが必要です。
私は、自分の持っている能力や経験を、できるだけ社会に役立つ形で使いたいと思っています。
先端技術を扱いながらも、人間の価値を中心に置く。合理的に考えながらも、最後は人と社会に資する判断をする。
そういう経営をしていきたいです。
Editor's Note
取材を通じて印象に残るのは、知的能力の高さそのものではなく、それをどの現実に向けて使うのかという問いである。
AIや先端技術の話でありながら、中心にあるのは人間の判断と責任だ。複雑な制度や技術を読み解き、それを実務に耐える形に落とし込み、事業として成立させる。その姿勢が、柴田氏の経営と思考を支えている。
Profile
柴田冬樹。 複数の事業を手掛け、多領域を横断して事業を展開。専門職の高度な判断をAIで補佐するシステムの開発に取り組む。
慶應義塾大学へ進学後、Webサービス、ネット広告、企業向けSNS等の可能性を模索し、インターネット黎明期から技術の社会実装に関心を持つ。公認会計士試験は満点を記録。MBAは首席で修了し、ブロックチェーンや仮想通貨に関する論文で租税資料館賞を受賞。 学生時代にはテニスにも打ち込み、慶應義塾大学在学中には学内で3位に入賞し、ダンロップの契約選手としても活動した。
大学卒業後には事業が思うように進まず、経済的にも精神的にも厳しい時期を経験。その経験を通じて、資金繰り、顧客価値、資源配分、事業の継続性を実体験として学ぶ。
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